2009年12月01日

シュヴァイツァーの言葉4と「マーフィー100の成功法則」3

前回は、史上最強の人生戦略マニュアル1について


シュバァイツァー。↓
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アフリカのアルベルト・シュバイツァー病院での医療業務は、けっして容易ではなかった。

まず第一に、呪医という存在に耐えなくてはならない。

病院にいるあらゆる医師や看護婦は、

呪文と霊薬によって奇跡の治療を行おうとする気味の悪い呪医が、知らぬ間に潜入することに対処しなければならなかった。


シュバイツァー病院へやってくる患者の多くは、その前に呪医の治療を受けて効果がなかった者たちだ。

ということはつまり、患者は、彼らに恐ろしい結末を予言してしばしば実現させるこうした呪医の復讐を込めた呪いを受けるおそれがあったということだ。


呪医は、復讐を果たす際には他人を利用することが多い。

彼らは家族や病院スタッフを脅すことにより、

患者が出かける前に家で、あるいは病院の中で、

脅迫と呪い、あるいは毒薬によって、自分たちの「元患者」に何とか復讐を遂げるのだ。


彼らは、映画に出てくるヴードゥー教の呪医のようないでたちやペイントはしていなかったため、病院の看護人と区別がつかなかった。


とはいえ、呪医が病人の家族立会いのもと驚くべき治療をやってのけることもある。

もっとも、こうした治療はたいがい、もともと呪医が患者にかからせた病気を治すまでのことだが。

成功間違いなしの絶対保障つきの治療法というわけだ。

弱い毒薬で病気を作り出しておいてから、解毒剤でそれを治療し、その両方の代金を受け取るのだ。


シュバァイツァー博士はこう語った。

「患者たちがイエスの言葉を真剣に受け取るなら、呪医の社会的な悪と医学的な悪の両方をはねかえすだけの信仰と勇気がそなわるはずだ。」


「シュヴァイツァーとの対話」より

シュヴァイツァーとの対話―原始林の聖者とともに働いたある医師の回想
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私が小さかったころ、真夜中に発作を起こした。

そうしたら、おばあちゃんが、神様の絵が描いてある紙に向かって、何度もお祈りをして、

そのあと、おばあちゃんの念が入った紙を飲ましてもらった。


そうしたら、特効薬を飲んだときのように、ピタリと発作がおさまってしまった。


科学的には、単なる紙切れに過ぎないものが、お祈りによって特効薬になった。


確かに、お祈りには力がある。

(祈願、礼拝、お祈りなどは、迷信ではない。それらは、食べたり、飲んだり、すわったり、歩いたりすることなどよりも、現実の行為なのである。それらのみが現実のもので、そのほかのいっさいは非現実である、と言っても言いすぎではない。・・・・・マハトマ・ガンジーの言葉2参照)


だから、きっと呪いにも力がある。


なにもアフリカの呪医だけが、呪いをかけてくるわけじゃない。

嫉妬に狂って、「不幸になってしまえ」と、毒づいている、どっかの誰かだってそうだ。


でも、呪いやタブーの力を恐れてはならない。

自ら、罠にひっかかるようなもの。

(本当に心から何かを望めば、その望みは迅速にかなえられる。本当に心から何かを嫌だと思えば、それも迅速に実現する。・・・・・引き寄せの法則6参照)



「マーフィー100の成功法則」。↓


アフリカの聖者シュヴァイツァー博士が、原住民のタブーについて驚くべき報告をしています。


彼らの間では、子供が生まれるとき、その父親は酒を飲んで恍惚状態となり、口からでまかせに新しく生まれる子どものタブーを口にします。

例えば「右肩」といえば、その子供の右肩がタブーになり、そこを打たれると死ぬと信じられます。

「バナナ」といえば、その子供が大きくなってからでもバナナを食べると死ぬと信じられます。

そして事実、シュヴァイツァー博士はそのタブーで死んだ例を多く見ています。


もちろん、バナナで死ぬはずはありませんが、暗示はこれほど恐ろしいものです。


ですから、

「私の病気はよくならないだろう」、
「私は幸福にはなれない」、

などという暗示があったら、即座に、断乎としてその暗示を拒絶する癖をつけなければなりません。

そして、すぐによい暗示に切り換えましょう。

「私は輝くばかりの健康体になるのだ」、と言いましょう。


「マーフィー100の成功法則」より

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いくら呪いの名人だって、「人を呪えば穴2つ」としう潜在意識の真理は変わらないだろう。

(日本のことわざに「人を呪わば穴2つ」というのがありますが、これはまさに、潜在意識の法則をよく言い表しています。・・・・・「マーフィー100の成功法則」2参照)



呪いをかけられることで、運勢がマイナスになったとしても、

自分が誰かを幸せにしようとすれば、自分の運勢もプラスになる。

(あなたは人の幸運を祝福してください。これはとりもなおさず、自分にその幸運を引き寄せていることになるのです。・・・・・「マーフィー100の成功法則」2参照)


たくさん、幸せを願って魅力貯金すれば、

(この宇宙には宇宙貯金っていうのがあって、魅力的なことをやっているとプラスされる。で、宇宙貯金って、とんでもない金利がつくんだよ。“いいこと”ばっかり起こる人は、魅力の貯金をしているんだ。たとえば、いつも笑顔の人はプラス300万点。それに対して金利がいっぱいつくから、“いいこと”がいっぱい起きるの。・・・・・斎藤一人さんの魅力貯金参照)



呪いのマイナスのエネルギーを跳ね飛ばせるくらいのプラスのエネルギーがたまって、自分を守ってくれる。


「人を呪えば穴2つ」だから、こっちが愛の力によってへこたれないでいる間に、

呪いをかけているほうだけが、穴が深まって、どん底まで落ちるかも。

そうしたら、天罰が当たったということだ。

(この宇宙には宇宙貯金っていうのがあって、魅力的なことをやっているとプラスされる。逆にマイナスなことをやっているとその額が減っていく。で、宇宙貯金って、とんでもない金利がつくんだよ。宇宙貯金で借金をする(魅力のないことをする)のは止めたほうがいいよ。それより魅力を貯金していくの。・・・・・斎藤一人さんの魅力貯金参照)



シュバイツァーの

「患者たちがイエスの言葉を真剣に受け取るなら、呪医の社会的な悪と医学的な悪の両方をはねかえすだけの信仰と勇気がそなわるはずだ」

という言葉は、


愛は悪に勝つ。

(人生には光と影があり、影がないふりをしようとすれば、それは不誠実で、偽りで、甘い。大事なのは、善は悪に勝つということを知ることだ・・・・・ウォルト・ディズニーの言葉7参照)


ということがいいたかったのかもしれない。







昔の西欧で、魔女狩りといって、特殊なことをする人を大勢、残酷な処刑の仕方で殺していたことを、ひどいと思った。


猫を魔女の手下と考えて、猫も全部焼き殺したら、

天敵がいなくなったネズミが大発生して、コレラ菌を撒き散らして、

コレラで街の人口が4分の1にまで減ったそうだ。


これを聞いたときには、

「罪もない人や猫を殺して、罰が当たったんだ」

と思ったけど、


特殊な能力を悪いことに使おうとするのを、のさばらせておくのも怖いと思った。



アフリカの神明裁判↓
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呪医の毒薬は復讐や間違った形の治療のためだけに用いられるわけではない。

正義の実現、つまり裁判でも使用されることがわかっている。

ただしこの裁判がくせものだ。


裁判官兼陪審員の役目をするのは通例、呪医なんだ。


事件が起きた場合、呪医が呼ばれて神明裁判(容疑者を危険な試練にさらし、それに無事耐えれば無罪とするという原始的形式の裁判)が開かれる。


ささいな犯罪の場合は、被告には弱い毒薬が少量与えられる。

しかし、容疑者が呪医の信奉者でなかったり、タブーを馬鹿にしたりしたために呪医が容疑者を気に入らなかった場合には、

容疑者は自分の無罪を立証するために強力な毒薬を飲むはめになって、神明裁判は容疑者の死によって幕となることもある。


呪医がよこしまな人間である場合には、誰がいちばん多額の謝礼を支払ったかによって裁判の結果が左右されることも村人はわかっている。


「シュヴァイツァーとの対話」より

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悪者を恐れるのは、無知だからだ。

(私は、無知が支配し真実が押しつぶされているある事柄について語りたい。それはこの地上で最も重要な事柄――――世界平和である。核兵器の蓄積だけが平和を保障する唯一の方法なのだろうか。決してそうではないはずだ。・・・・・ジョン・F・ケネディの言葉参照)



正しい知識と勇気を持てば、平和に暮らすことはできるんだ。










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(「マーフィー100の成功法則」の別の記事をもっと読みたい方は、「マーフィー100の成功法則」1へどうぞ)




次回は、サリバン先生の言葉2


2009年11月28日

史上最強の人生戦略マニュアル1について

前回は、鏡の法則2について



目標は高いほうがいいとか、

(目標を持ってもらいたい。そのとき、目標を低くしすぎないように。最高でも自分が求めるものしか手に入れられないからだ。・・・・・史上最強の人生戦略マニュアル参照)



大切なのは、目標を持つことだ、とか

(ぼくがいいたいのは、目標を持ってもらいたいということです。・・・・・イチローの言葉7参照)



言いつつ、


追いすぎるなとか、

(“名声”はケーキの一番上にのっているさくらんぼみたいなもので、みんなが一度はあこがれ、手に入れたいと思っているもの。でもすべての物は、カタカタ音を立て、粉々に砕かれてしまう。追い求めすぎるなということ。・・・・・ポール・マッカートニーの言葉参照)


ないものねだりしないで、自分がすでに持っているものに感謝しろとか、

(人間は自分にないものに価値を感じて追いかけ、欠乏感を感じて苦しむけれども、自分がすでに持っているものの価値は忘れている。自分がすでに持っているものの価値に感謝できれば、すぐに幸せになれるのに・・・・・お釈迦様の言葉2参照)


いったい、どっちなの?



私の失敗経験から考えると、

(よく、失敗から学べと言われる。これは真実を突いた賢明な言葉だ。あるやり方で試みて失敗したら、あなたは失敗につながった態度や行動に特別の注意を払い、自分の選択肢から抹消する必要がある。そして、自分の成功の公式を見つけなさい。・・・・・史上最強の人生戦略マニュアル2参照)



どうしても目的を達成したくて、

自分の意志の力で、1日の睡眠時間を3時間に減らしたりした。


だけど、意志の力でなんとかしようとしても、疲れるだけだね。

(勉強は、間違っても、意志や努力に頼ってはいけません。1時間早く起きて頑張ろうというのはやめましょう。そのような方法は無理ですし、よほど意志が強くないと、続きません。また、睡眠時間はとても大事です。・・・・・「無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法」2参照)


意志の力で、無理やりじゃなくて、

楽しくて、夢中になって特訓するくらいじゃないとダメだ。

(私は、努力も意志も信用していませんが、もし、努力するなら、努力して勉強するのではなくて、わくわくするから、夢中になって勉強する仕組みを作ることに努力すればいいと考えます。・・・・・「無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法」参照)



うまくいっている人は、みんな楽しんでる。

(自分が満足したり、おもしろくなかったりしたら、見ている人もおもしろいと思わないのではないかと。かつて、観客を増やそうと思ってプレイしても増やすことはできなかったのに、今度は人をよろこばせようと考えていないのに観客を増やすことができました。おもしろいものですよね。人のために何かをしようとしたときは、だいたいうまくいかないものです。・・・・・イチローの言葉4参照)



目標に到達するための努力さえ楽しんでる。

(私はたえず喜びを求めながら生きている。そのための苦労には精いっぱい耐える努力を惜しまない。・・・・・本田宗一郎の言葉3参照)


楽しいほうへと、舵をきってる。

(私は毎朝、鏡に映し出されている自分に向かって話しかけている。『君は人生を楽しんでいるかい?』その返答がYESか、NOかで、その日のすごし方を大きく変える。NOという返答ならそれまでの自分を反省し、何が悪かったかを考えて違うやり方にチャレンジする。・・・・・バレンタイン監督の言葉2参照)




成功者は、

「成功するために、これ以上きつくできないくらいきつい訓練をした」

とか言う。



だけど、きつい訓練の中で、

近づいてくる成功の予感は楽しいだろうな。

(思考の現象化が近づけば近づくほど―――そのときに覚える感情も比例して大きくなる。あなたの感情はますます明るく肯定的になる。ある対象に関心あるいは思考を向け、そのことに明るい前向きな感情だけを覚えるなら、その対象はすぐにあなたの経験の中に現れるだろう。・・・・・引き寄せの法則参照)



世界が本当に素晴らしいとわかる瞬間が近づいているんだから。

(僕たちが心を開いて神から授かった才能を表現するとき、自然はどんなにか喜んでくれることでしょう。賞賛の声が宇宙全体に沸き起こり、世界中に不思議な力が満ち溢れます。そして、驚きが僕たちの心を満たします。というのは、一瞬僕たちは人生がどんなに楽しいものであるかを垣間見るからです。・・・・・マイケル・ジャクソンの言葉参照)




ようするに、追いすぎるな、

(“名声”はケーキの一番上にのっているさくらんぼみたいなもので、みんなが一度はあこがれ、手に入れたいと思っているもの。でもすべての物は、カタカタ音を立て、粉々に砕かれてしまう。追い求めすぎるなということ。・・・・・ポール・マッカートニーの言葉参照)


すでに手に入っているものに感謝しなさい、

(人間は自分にないものに価値を感じて追いかけ、欠乏感を感じて苦しむけれども、自分がすでに持っているものの価値は忘れている。自分がすでに持っているものの価値に感謝できれば、すぐに幸せになれるのに・・・・・お釈迦様の言葉2参照)



というのは、


楽しさがわからなくなるほど、盲目になるな、ということだと思う。



楽しさが成功への道案内だから。

(生物は、快感が習性的な道案内の役をするように発達してきたわけなのである。最適者として生存してこられた者は、習性的なことによって、悲惨より幸福をずっと多く感じていることを、私はほとんど疑いえない。・・・・・ダーウィンの言葉3参照)







次回は、シュヴァイツァーの言葉4と「マーフィー100の成功法則」3


2009年11月26日

鏡の法則2について

前回は、アリストテレスの言葉3




解決しない問題は起こらない。

(あなたに解決できない問題は決して起きません。あなたに起きている問題は、あなたに解決する力があり、そしてその解決を通じて大切なことを学べるから起こるのです。・・・・・鏡の法則2参照)


とさんざん書いてきたけど、

本当かな?


私自身、いろいろなことに挑戦して、問題が出てきて、

解決して認められようとして全力投球したけど、解決できずにあきらめたこと、たくさんあった。



一般に、成果が出なくてあきらめることを、失敗というし、

私も挫折を経験したと思ってきた。



だけど、ふと、

手段と目的を取り間違えて、勝手にがっかりしているだけじゃないかと思うようになった。

(目的と手段を混同しないように気をつけなさい。たとえば、自分の目的と思っているのは、「高級車と給料のいい仕事」かもしれない。しかし、高級車と給料のいい仕事は、それ自体が目的というより、目的に至るまでの手段であると思う。あなたの目的はそうしたものを持っている時に抱く特別な感情を手に入れることではないか?
もしそうであるなら、こうした感情を抱くための手段を、車と仕事という2つに限定するのは適当なことではないだろう。たぶん、同じ目的を達成する手段が10通りはあり、そのどれでもうまくいくだろう。
10通りの手段があれば、1通りか2通りに手段を限定した場合よりも、求めるものが手に入るチャンスが明らかに大きくなる。・・・・・史上最強の人生戦略マニュアル参照)



つまり、解決できる問題とは、

自分がなんとかして欲しい感情のほうで、

(誰もがもっとも必要としているのは、受け入れられることだ。反対に、人がもっとも恐れているのは、拒絶されることである。
一番必要なのは成功で、一番恐いのは失敗だと思っていれば、つい異議を唱えたくなるかもしれない。しかしよく考えてみれば、成功するということは、自分がすることは何でも他の人に受け入れられ、認められるということだ。・・・・・史上最強の人生戦略マニュアル参照)



こっちが目的。

それで、今までやってきて、うまくいかなくて、

「解決なんて、全然しないよ〜」と思ったのは、

目的にたどり着くための、ただの手段。



すべての手段がうまくいくわけない。

人それぞれ得意分野が違うんだから。

(私が両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが、飛べる小鳥は私のやうに、地面を速くは走れない。
私がからだをゆすっても、きれいな音は出ないけど、あの鳴る鈴は私のやうに、たくさんな唄は知らないよ。
鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。・・・・・金子みすずの詩参照)




エジソンが電球を発明しようとして、

いろいろな方法でやってみて、ついに1万回失敗をしたとき、

人から、

「1万回失敗したのに、まだ続けるんですか?」

と聞かれたそうだ。


そのとき、エジソンは

「それは失敗じゃない。

1つ1つ、うまくゆかない方法を確認したんだ。

そいつが重なっていつか成功する。

あきらめることが失敗なんだ」

と言った。
(エジソンの言葉10参照)


そして、竹のパラフィンを使うという手段で、電球の発明に成功した。



エジソンの電球の発明に当たるのが、

私たちにとっては、ほしい感情を手に入れることで、

それは、誰からも必要とされるときに感じる感情かもしれない。

(誰もがもっとも必要としているのは、受け入れられることだ。反対に、人がもっとも恐れているのは、拒絶されることである。
一番必要なのは成功で、一番恐いのは失敗だと思っていれば、つい異議を唱えたくなるかもしれない。しかしよく考えてみれば、成功するということは、自分がすることは何でも他の人に受け入れられ、認められるということだ。・・・・・史上最強の人生戦略マニュアル参照)



エジソンにとって、試してみて、うまくいかないとわかった方法というのが、

私たちにとっては、成功に向かっていろいろ挑戦していることだと思う。



一つや二つ挑戦してみて、うまくいかなくて、

自分はダメなんだと決めつけることは、

ただの勘違い。



勘違いなのに、自分は敗北者だと思って、

成功者をうらやみ、足を引っ張ることばかり考える悪になんかなりたくないでしょ。

(悪はすべて弱さから生まれる。強くすれば善良になる。なんでもできる者はけっして悪いことをしない。
善と悪という2つの根元的なものをみとめたあらゆる民族は、かならず悪を善より劣るものとみなしている。・・・・・ジャン=ジャック・ルソーの言葉4参照)



もっと自分に適した手段をとればうまくいくよ。



成功者を見たら、祝福して、

(多くの人を貧乏にしているのは、実に嫉妬の感情です。他人の富を嫉妬する限り、富はあなたへと流れてこないで、あなたから流れ出ていきます。反対に、豊かな階級の人たちには、他人のよい話を喜ぶ気質の人が多いです。
ですから、嫉妬心が起こりかけたら、すぐに「彼とその富に祝福あれ」と、その人のために喜んでやるのです。そうすると、それが潜在意識に受け入れられ、あなたにも富や幸運がもたらされるのです。・・・・・「マーフィー100の成功法則」2参照)



新しい手段で、再出発。







次回は、史上最強の人生戦略マニュアル1について

2009年11月24日

アリストテレスの言葉3

前回は、シュヴァイツァーの言葉3


アリストテレスの言葉。↓


アリストテレスの議論は、法律と刑罰の理論に大きな影響を与えた。

アリストテレスは次のように議論を始める。


人は意図的に行われた行為については賞賛または非難を受けるべきであり、

意図に反して行われた行為については許しと憐れみを受けるべきである。



「アリストテレス倫理学入門」より

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現代でも、殺人事件があると、

計画性があったかとか、殺意があったかで、罪の重さが決まっていく。



現代にも通用する罪の重さのはかり方を考えたのは、大昔のアリストテレスだ。



歴史の中で残っていける法律を、

考えだしたアリストテレスは、本当に頭のいい人だったと思う。

(正しいものだけが生きのびる、結局、何が正しくて何がまちがっているか、それを証明するのは歴史だ・・・・・ヘーゲルの言葉2参照)



誰かのことを許せるか許せないかは、

血液型とか星座で決めないで、

傷つけようとしてわざとやったかどうかで決めるのが正しいと思う。



血液型にこっている友達を持ったとき、

その友達に感化されて、血液型にこったことがある。


そのころの私としては、血液型の性格判断なんて知らなくって、

もし当たるなら、転ばぬ先の杖になったらいいな、

血液型がわかると同時に、誰が未来の親友になる人かわかったら、便利だな、

と思っていた。


いったい、どうゆう人なのか、考える労力が省けると思った。



だけど、

各血液型の性格の、

まじめとか、おおらかとか、おっちょこちょいだとかは、

単なる特徴であって、

心をはかる尺度にはならないことに気づいて、飽きた。



心の根っこが、

自分の周りの人を幸せにしたいという人なら、

(人とつき合うことでいちばん大切なことは、君が接するすべての人に豊かさと幸せがもたらされることを願うことだ。自分とふれあった人のすべてが、幸せで豊かになるということは最高だとは思わないかい?・・・・・ユダヤ人大富豪の教え2参照)


A型だろうが、B型だろうが、O型だろうが、AB型だろうが、何だっていいの。



反対に、心の根っこから、人を傷つけようとしてわざとやってくる人は、

どんな血液型でもやだ。


当たり前のことのようだけど、

「△型が好き。□型が嫌い」

という話題が、ちまたでときどきされるし、

そういう私自身もしたことあったから、


心の根っこの向きを無視して、血液型とかで決めつけるのはおかしい、と言いたくなった。


人間関係は心が動くように、動いているのに、

(真理とは相手との関係である。常に動き、息づき、決して静止することはない。真理は生きており、それゆえ、常に変化している。・・・・・ブルース・リーの言葉4参照)


血液型とか、生まれつき決まりきって、変えられないものをモノサシにしようとするのが、まちがっているんだよね。


結局、相手が何を考えているのか考えて思いやる労力を省いたら、

うまくいくものも、うまくいかなくなるんだ。

(すべての進歩、そしてすべての成功は、考えることから始まる。多くの人々が目標を達成せずにあきらめる。なぜか? それは十分考えないからだ。・・・・・エジソンの言葉11参照)


大切なのは、目に見えない心だね。

(ほんとうに大切なものは目には見えないんだ・・・・・星の王子様参照)







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次回は、鏡の法則2について


2009年11月22日

シュヴァイツァーの言葉3

前回は、シュヴァイツァーの言葉2


シュヴァイツァーの言葉。↓


「洗礼者ヨハネは女から生まれた者のうちでもっとも偉大な者だろうが、

神の国でもっとも小さい者も彼より偉大である」

というイエスの謎めいた答えについて、


教会は、ヨハネの価値をおとしめるものと考えた。

だが、イエスはたんに、

自然的な人間のうちでもっとも偉大な者と

超自然的な人間のうちでもっとも小さな者とを比べていたにすぎないのだ。




「シュヴァイツァーとの対話」より

シュヴァイツァーとの対話―原始林の聖者とともに働いたある医師の回想
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神の国とは、万人に平和をもたらす国。

(キリストのメッセージはまさしく、みんなが人間にだけでなく、すべての生き物に黄金律(「汝の欲するところを人に施せ」)を適用しよう、と考えるようになれば、地上の神の国を、万人に平和をもたらすかもしれない、ということだ。・・・・・シュバイツァーの言葉2参照)


神の国の人は“愛”の力を知っている。

(キリストのメッセージとは、“愛”であり、それこそが、超自然的な神の国につながる鍵なのだ。・・・・・シュバイツァーの言葉2参照)





「超自然」を辞書で調べたら、

自然界の法則をこえた、理論的に説明のつかない神秘的なもの。だった。


“愛”は、自然界の法則をこえた、理論的に説明のつかない神秘的なもので偉大なんだ。



平凡だけど愛のある妻に影響されて、偉大な業績へと駆けのぼったのに、

金と権力を手にし、古い妻を美しさと地位のある新しい妻に置き換えたとたん、没落が始まる人がいる。


理論的に考えるなら、平凡な妻より、美しさと地位のある妻のほうがお得。

でも、愛があるかどうかでお得度が変わってくる。

(ナポレオン・ボナパルトの他、大勢の男性が妻からの刺激に影響されて、偉大な業績へと駆けのぼった。金と権力を手にし、古い妻を新しい妻に置き換えたとたん、彼らの没落が始まった。愛の影響は理性によって生み出されたいかなる代替物より強力である。・・・・・ナポレオン・ヒルの成功哲学5参照)



また、

理論的に考えると、人間関係だって1+1=2 になると思う。

でも、相手を思いやる“愛”のスパイスを加えると、

相手もよくなり、自分もよくなり、1+1が8、16、あるいは1600にもなってくる。

(人間関係を6つに分類したとき、1番理想的な関係はWin(自分も勝ち)-Win(相手も勝つ)の関係で、それは1プラス1が8、16、あるいは1600にもなる相乗効果をもたらす関係で、人格こそがWin-Winの基礎だ・・・・・「7つの習慣」1参照)



また、

神の国にいない者の中でもっとも偉大な者とは、

IQが高いけど、他人への思いやりが欠けている人のことだと思う。

(知性だけがあって情操(美しいもの、すぐれたものに接して感動する、情感豊かな心)が皆無というのは、これは大悪人の特徴である・・・・・チャップリンの言葉4参照)




神の国でもっとも小さい者とは、

知性や教養がなくても、愛から生み出される魂をもっている人だと思う。

(どんな人でも立派な人間になれる。なぜなら、だれでも奉仕をすることができるからである。奉仕をするのに、学位号を取得する必要はない。人間に必要なのは、ただ恵みに満ち溢れた心だけである。愛から生み出される魂だけである。・・・・・キング牧師の言葉2参照)



本当だ。

「神の国でもっとも小さい者も、神の国にいない者の中でもっとも偉大な者より偉大である」

がなりたつ。



“愛”は、自然界の法則をこえた、理論的に説明のつかない神秘的なもので偉大だ。だから、超自然。

ということで思い出すのは、


キング牧師が暴力に暴力でこたえず、

暴力に愛でこたえて、黒人解放運動を成功に導いた事実。

(暴力に 暴力で こたえては いけない。愛の力を 信じ、わたしたちを にくむものをも 愛さねばならない。愛こそが あらゆる問題を解決する たったひとつのカギなのです・・・・・キング牧師の言葉参照)



自然的な人間の頭で考えると、

暴力をおさえるには、もっと強い暴力が必要だと勘違いする。


それで、自然的な人間は、世界のあちこちで戦争を起こしている。

だけど、もっと強い暴力を追い求めていったら、人類も地球も滅びてしまうよ。


超自然的な人間は、“愛”の力を知っている。

“愛”の力を育てて、超自然的な人間になろう。

(原子力戦争、世界に激変が起こった。愛こそ世界において最も強大な力であることがわたしにはいっそう明らかになった。この前には原子爆弾もかたなしである。
精神の力と物質の力という2つの、まったく種類を異にした力がある。物質の力にはその本性上終わりがあるが、一方の精神の力はつねに前進してやまないし、終わりがない。もし完全に開花すれば、世界においてこれに打ち勝つものはなくなる。
ただ多くの人々にあっては、魂のすぐれた力は休眠状態にあるというだけのことで、思慮分別をもった訓練によって、休眠からめざめさせることが可能である。
さらにわたしは、それ相応の努力を払わなければ、自己破滅からの逃げ口はどこにもないと言いたい。・・・・・マハトマ・ガンジーの言葉11参照)








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次回は、アリストテレスの言葉3


2009年11月19日

シュヴァイツァーの言葉2

前回は、シュヴァイツァーの言葉1


シュヴァイツァーの言葉2。↓
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私は、キリスト教をすべての生命の真正さと関連付けようと試みてきたが、

教会はキリスト教を人間の生命にのみ限定しようとしている。

イエスは普遍的な言葉で語っている。イエスの言葉をなぜ人間だけに限定するのか?



人類は生命宇宙のほんの小さな一部でしかないことを(そして小さな兄弟であるスズメバチとさして変わらぬ存在であることを)、

幼いころから教えこまれるなら、人間はすべての生き物への思いやりを持つようになるかもしれないのだ。


ひょっとしたら、人間は同胞のことを思いやるようにさえなるかもしれない。

私にとってはそれがキリスト教なのだ。



自分自身にとってだけでなく、すべての生き物に黄金律(「汝の欲するところを人に施せ」)を適用するためにも、

考えるという行為こそが個人的な平和につながる道ではないのだろうか。



考えるという行為こそが、人間とほかの動物の大きな違いではないのか。

脳は、人間がほかの人間と協力してやっていくために、生き延びるために、用いる手段ではないだろうか。

すべての生命に対する責任がわれわれにあるとすれば、そこにはアリもスズメバチも含まれている。

われわれはみな、同じ家族の一員なのだ。



これがキリストの精神についての私の解釈だ。

われわれ人間はやがてはそうした考え方をするようになるかもしれない。



みんながそんな考え方をするようになれば、キリストのメッセージはまさしく、地上の神の国を、万人に平和を、もたらすかもしれない。


キリストのメッセージとは、“愛”であり、それこそが、超自然的な神の国につながる鍵なのだ。



「シュヴァイツァーとの対話」より

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シュヴァイツァーは、福音書の中の言葉をもとにイエスのメッセージを研究して、発表し、

シュヴァイツァーの考え方はまだ論破されていない。ということなのだから、

(私は、福音書の中の言葉をもとにイエスの歴史を解釈する方法を用いた。その結果わかったことは、キリスト教がいまやキリストの真実から遠ざかってしまっていること、そして、人間はこの世の神の王国を理解しなければならないということなのだ。知る限りでは、私の考え方は論破されていない。・・・・・シュヴァイツァーの言葉参照)


イエスのメッセージは、キリスト教会がおしえるものよりも、シュヴァイツァーが研究したことのほうが正しいんだろう。


つまり、人間だけじゃなくて、すべての生き物に愛を、そうすれば、地上の神の国は実現する。

ということだ。




人間だけが、特別という考えはおかしいよね。


うちのインコも喜怒哀楽があって、見ていると、

「おお! 兄弟よ」とインコの気持ちがわかる氣がする。

(分離した個というあやまった考えが完全に払拭されない限り、あらゆる生命の同一性という真理がその真価を発揮することはない。・・・・・ブルース・リーの言葉4参照)




ずっと昔の科学者が現代を予想していたのは、8割当たっていたけど2割はずれてた。

はずれていたほうに、「動物語が義務教育にはいる」というのがあった。



犬語、猫語、鳥語が小学生でも習う世の中になったら、楽しいだろうな。




シュヴァイツァーの言葉。↓


人間は腸内に大腸菌を住まわせて、それと共生している。

かつて大腸菌は、人間にとって有害なものだったかもしれないというのにだ。

だからもしかすると、われわれはやがて他のバクテリアとだって平和共存できるかもしれないのだ。



「シュヴァイツァーとの対話」より

シュヴァイツァーとの対話―原始林の聖者とともに働いたある医師の回想
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バクテリアじゃないけど、気持ち悪いうじ虫とだって平和共存できるようになった。


糖尿病で壊死したからだの部分を、うじ虫が食べて治してくれる方法が見つかっている。(うじ虫治療)



もし、うじ虫治療をうけなければ、切断しなければならないところだったのを、助けているのだから、うじ虫の能力はすごい。


うじ虫は腐ったところだけを食べ、バクテリアを殺し、組織の治癒を促す酵素を与える能力があるそうだ。



あと、ヒル治療というのもあって、

事故でちぎれた耳を元に戻すのに、ヒルを使わないでいると、たちまちぬい合わせた耳が血行を悪くして死にかけていくのに、

ヒルを使って、血行を回復させ、耳を元どおりに治せるようになった。(ヒル治療)



けがらわしいと思ったら、けがらわしくなる下等生物だけど、

いいところだってあるんだ。



あるがままを受け入れると、仲良くやっていけるやつらかもしれない。


あるがままを受け入れるとは、いいところを見つけるということね。

(何があっても、支えてくれた母がいたから、今の私がある。母だけは何があっても、あるがままの私を理解してくれた。どんなに苦しいときでも、母を喜ばせたくて私は努力を続けることができた。・・・・・エジソンの言葉7参照)



シュバイツァーの言葉。↓
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現代では、イエスの時代の神秘思想の代わりを科学がつとめていることを忘れてはいけない。


また、イエスの教えから生まれた世界規模の組織である、赤十字やユニセフが世界中の無知な人々や貧しい人々になしてきたことを見るがいい。


こうしたことは100年前にすらみられなかったことだ。


何千年も昔の貧者の苦しみを思えば、われわれはぬかりなく神の国を追求しているのかもしれない。


私は、昔の人が信じた、死後の神の国よりむしろ、生きている神の国の精神を信じている。



「シュヴァイツァーとの対話」より

シュヴァイツァーとの対話―原始林の聖者とともに働いたある医師の回想
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最先端技術の話とか大好き!


現代でもテロだとか、環境破壊とか、不況とか暗い話が多いけど、


何千年も昔の貧困者の苦しみを思えば、私たちはぬかりなく神の国へと近づいているんだよね。

(歴史を見てみるがいい。この世界が、愛と理性の法則にしたがうことによって、調和と結合にしだいに近づいているのである。もとはたがいに食いあっていた人々が食いあいをやめたり、人殺しを誇りとしていた軍人たちがそれを誇るのをやめたり、奴隷制度を始めた人々がその制度をなくしたり、――――こういう事実があるではないか。・・・・・トルストイの「人生論」6参照)



生きている神の国の精神を、自分も体験したいな。

(神の王国は、愛と平和の世界・・・・・シュヴァイツァーの言葉参照)







(シュヴァイツァーの別の言葉の記事をもっと読みたい方は、シュヴァイツァーの言葉1へどうぞ)




次回は、シュヴァイツァーの言葉3


2009年11月18日

シュヴァイツァーの言葉

前回は、「自分のまわりにいいことがいっぱい起こる本」3とマザー・テレサと小林正観の言葉6


シュヴァイツァーの言葉。↓


私は、福音書の中の言葉をもとにイエスの歴史を解釈する方法を用いた。

その結果わかったことは、

キリスト教がいまやキリストの真実から遠ざかってしまっていること、

そして、人間はこの世の神の王国を理解しなければならないということなのだ。




キリスト教は私の考え方をまるで受け入れようとしない。

だが、知る限りでは、私の考え方は論破されていない。



自分の信じるところを実践して生きること―――それがアフリカへやってきた大きな理由の一つだった。

自分の生き方が自分の主張になるのだ。




「シュヴァイツァーとの対話」より

シュヴァイツァーとの対話―原始林の聖者とともに働いたある医師の回想
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キリストは愛と平和を説いたはずなのに、

キリスト教徒が戦争をしているのは、おかしい。


キリスト教がいまやキリストの真実から遠ざかってしまっていることの証拠だ。

(キリスト教徒が戦争をしているのは、キリストの弟子たちが愚鈍だったから、愛と平和を説いたキリストの教えが浸透しなかったんだ。戦争より、ロックン・ロールのほうがずっとまし。・・・・・ジョン・レノンの言葉4参照)



この世の神の王国は、愛と平和の世界なのに、戦争によって、遠い話になってる。



シュヴァイツァーの言葉。↓
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考えなしの、盲目的信仰が大きな問題だ。

信仰は、考え抜かれて初めて持続できる。

しかしこれは、キリストが実際にといたこととなんら変わるところはない。

機械的盲目的な信仰は、この開けた時代にあってはもはや過去のものだ。



「シュヴァイツァーとの対話」より

シュヴァイツァーとの対話―原始林の聖者とともに働いたある医師の回想
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オウム真理教とかの宗教が、

心のよりどころを求める人の気持ちを利用して、

信者の財産だけじゃなく、命や未来も取り上げていたことがある。


機械的盲目的な信仰は、こわい。



シュヴァイツァーの言葉。↓


どんな宗教も、発展の初期段階や全能者の思想においてはまったく違いがない。

それ以降の違いは表面的なものに過ぎない。

東洋の宗教であろうと西洋の宗教であろうと、儀式面を除けば結局はみんなそれほど違わないものなんだ。



「シュヴァイツァーとの対話」より

シュヴァイツァーとの対話―原始林の聖者とともに働いたある医師の回想
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キリストの愛、孔子の仁、他の宗教のことはよくわからないけど、徳とか、思いやりとか、みんな同じようなことを言っているんだろうな。



それぞれの宗教が、それぞれの道を通って、みんな天国を目指しているんだ。

(天国は、あらゆる人間の魂が、さまざまな道を通ってたどりつく至高の場である。カトリック教も、イスラム教も、ユダヤ教もそれぞれの宗派が、それぞれの特別の道をもっている。・・・・・ナポレオンの言葉5参照)



だから、自分の宗教しか認めない、というのはおかしいよね。



日本は、仏教国だけど、他の宗教にも寛容で、

こんな日本に生まれてよかった。











(キリストのメッセージとは“愛”。神の国につながる鍵。生きている神の国の精神を信じている。シュヴァイツァーの言葉2もどうぞ)
(自然的な人間と超自然的な人間の比較。シュヴァイツァーの言葉3もどうぞ)
(呪医とタブー、シュヴァイツァーの言葉4もどうぞ)












次回は、シュヴァイツァーの言葉2


2009年11月16日

「自分のまわりにいいことがいっぱい起こる本」3とマザー・テレサと小林正観の言葉6

前回は、「第一感」2


「自分のまわりにいいことがいっぱい起こる本」↓
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夢を叶えるには、お祈りするのが一番です。お祈りのパワーは絶大です。


お祈りは完璧でなければいけません。

希望のすべてを完璧に祈りきることが難しいのです。

それから、自分の望んだことを与えてもらった際には、必ずお受け取りすると約束しなければいけません。


お祈りをするときは本気で祈ってください。祈りが届くように、全身全霊のエネルギーを天に飛ばしてください。


お祈りの内容はあくまでも具体的でなければ、効果が現れにくくなってしまいます。

「お金が入りますように」・・・・・こういったお祈りは、実はとても漠然としています。

いくら欲しいのか、いつまでに実現させたいのか、そういった細かいところまでお祈りしてください。

でないとお金が入ってきても、必要額に足らなかったりするのです。



私にお祈りの経験も人生経験も浅かった頃、中途半端なお祈りをしては、「やっぱり違うなー」と痛感したものです。

例えば、あるとき

「1万ドルくらい誰かくれないかなー」とふっとお願いしました。

すると翌日、80歳過ぎのおじいさんに、

「僕は君が1万ドル必要だって言ったら、すぐにでも差し出すような男だよ、ガール・フレンドにならないかい?」

と言われて、それはもうビックリしてしまいました。

天に

「そういう意味じゃなかったんですけど!」

とご報告とお詫びをして、

おじいさんのお誘いも、もちろんお断りしましたが、

つくづく軽々しいお願いはしてはいけないと思い知らされました。



正しいお祈りの仕方は、いわばインターネットで商品を注文するときのような感じです。



夢をかなえるには、まずは夢が叶うように祈ること。

夢を叶える決心ができるように祈ること。

夢を叶えるために必要な行動力と忍耐力をつけること。

決してあきらめないと誓うこと。

夢が叶うことよりも、夢を叶えるために努力できることに幸せを感じましょう。



「自分のまわりにいいことがいっぱい起こる本」より

自分のまわりにいいことがいっぱい起こる本
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サイキック・パワーの達人じゃないから、ダメなのかしら?

夢の注文で、かなったことない。


お祈りの力を甘く見ているからかな?

(祈願、礼拝、お祈りなどは、迷信ではない。それらは、食べたり、飲んだり、すわったり、歩いたりすることなどよりも、現実の行為なのである。それらのみが現実のもので、そのほかのいっさいは非現実である、と言っても言いすぎではない。・・・・・マハトマ・ガンジーの言葉2参照)



マザー・テレサは、お祈りをするとき、何万回もするそうだ。


マザー・テレサ。↓


マザー・テレサは、どうか必要なものを与えてくださるように、いつも神様に祈り求めていました。


たとえば、活動の拠点にするための建物がどうしても必要になりました。

そのためにマザーは神様に、「聖母マリアに御保護をもとめる祈り」を、なんと8万5千回となえるという約束をしました。

そのおかげで、その後まもなく必要な建物が手に入ります。



自分のためではなく、他の人々のためにマザー・テレサは祈り求めつづけました。

そして、根気強くあきらめずに祈り求めたから、神様はいつも与えたのです。



『マザー・テレサ愛の花束』より

マザー・テレサ 愛の花束―身近な小さなことに誠実に、親切に
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何万回もお祈りをすれば、かなうのだろうか?



私にも、是非かなえたいささやかな夢がある。

「○○がほしい、○○がほしい、○○がほしい」

と、機械的に何万回お祈りしてしまおうか?



いや、効果をねらうなら、

感謝の念がわきおこるくらい、かなったときのうれしさを感じながら、お祈りするのがよさそうだ。

(あなたの願望が達成された状態にあると、感ずるようにしなさい。ところで、自分の願望が本当に達成されたと感じたら、「ああ、ありがたい」と感ずるのではないでしょうか。ですから、自分の願望を生き生きと頭の中に描き、それは、やってきたと感じて、感謝する気持ちになりなさい。・・・・・「マーフィー100の成功法則」参照)



実際、かなった喜びを感じながらお祈りする方法で1個だけ、お願いがかなったことがある。

「お願いごとは、こうやってかなえていくんだ」

と思って、他のお願いごともたくさんしたけど、



他は叶わなかった。



想像力が足らないのかしら?

(孤児だったから、他の子供たちが愛されているように、家族に愛されることを夢みることは、いかに想像力を掻き立てたとしても不可能だった。それで私は、自分が誰か注意をひいたり、人びとが私を見て、私の名前を言うのを夢みることで妥協したのです・・・・・マリリン・モンローの言葉4参照)



いずれにしても、想像力をかきたてながら、何万回お祈りする?



何万回もお祈りしても、何もかわらなかったら、

神様うらみそうな気がしてこわい。



心から恐れていることも実現しやすい、

(本当に心から何かを望めば、その望みは迅速にかなえられる。本当に心から何かを嫌だと思えば、それも迅速に実現する。・・・・・引き寄せの法則6参照)



と言うから、やっぱり何万回お祈りするのはやめようか?


お願いごとをするのは、神様へ不満を言っているのと同じ、という説もあるんだよね。



小林正観の言葉。↓
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もともと、神社仏閣は、欲求をしたり願いをかなえてくれというのではなく、

お礼を言う場所なのです。

「あれをしてくれ、これをしてくれ。これをかなえてくれ、あれをかなえてくれ」

ということは、神仏に対して

「あれが気に入らない、これが気に入らない」

と宣戦布告をしに行ったようなもの。

聞いてくれるわけはありません。



逆に今自分が置かれている状況がいかに幸せであるか、恵まれているかということについてのお礼を言いに行くと、

「ああ、そこまでわかっているんだったら、もっとしてあげようかな」

という気持ちに神仏はなるようです。




ですから、恵まれていることに氣がつき、

「恵まれている。ありがたい」

と、言っている人ほど、どんどん恵まれ、もっともっと恵まれていきます。




感謝している人にはたくさんのものが降ってきて、より感謝したくなるし、

「あれが足りない、これが足りない、あれを寄こせ、これを寄こせ」

と言っている人ほど、ぜんぜん神仏が聞いてくれないがゆえに、より足りないものが増えていって何も満たされない。


心の貧富の差はどんどん広がっていくのです。



『釈迦の教えは「感謝」だった』より

釈迦の教えは「感謝」だった
釈迦の教えは「感謝」だった
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手元に100円があるとき、100円もある。ありがたい。と感謝できることは、

自分の力の限界を超えたことに手を出さない知恵になると思う。

(君も、自分の手の届く範囲と届かない範囲の境界線には常に留意してほしい。そしてその上を上手に歩いてほしい。本物の綱渡りの上手な人はいても、境界線という名の線上を上手に渡れる人はなかなかいない。それだけに、上手な人の輝きは大きい。・・・・・「わが息子よ、君はどう生きるか」4参照)


だけど、

苦しいときには、現実から離れて、楽しい夢を見るのは、

(前途の見通しが暗いときには、将来の楽しい夢を語ることが肝心だ。・・・・・エジソンの言葉1参照)



生きる原動力になると思う。

(寝る前には、あすへの大きな夢を見ることだ。人間は、夢がなければ、真に生きる意欲はわいてこない。・・・・・松下幸之助の言葉1参照)









(「自分のまわりにいいことがいっぱい起こる本」の別の記事をもっと読みたい方は、「自分のまわりにいいことがいっぱい起こる本」1へどうぞ)




(マザー・テレサの別の記事をもっと読みたい方は、マザー・テレサの言葉2へどうぞ)



(小林正観の別の言葉の記事をもっと読みたい方は、小林正観の言葉1へどうぞ)





次回は、シュヴァイツァーの言葉

2009年11月15日

「第一感」2

前回は、「第一感」


『第一感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』↓


自動車セールスの世界では有名なトップセールスマンは、とても簡単なルールに従っている。


客の求めているものや心理状態については瞬時に判断を下すけれど、

客を見た目で判断することは絶対にしない。

店を訪ねてくる客はみな同じように車を買ってくれる可能性があるとみなす。



「この商売で人の判断を早まるのは禁物です」

と彼は何度も繰り返し、そのたびに確信に満ちた顔つきになった。


「そんなことをしたら命取りになりかねません。誰に対しても最善を尽くすのです。

新米の販売員は客を一目見て『この男は車を買えそうにない』なんてことを言いますが、そういうのは最低です。

一見お金がなさそうでもお金持ちということがあるからです。


あるいは、20歳前の若い子が来ると無視する販売員もいます。

その日遅い時間にその子が両親を連れて戻ってきて、どの車にするか決めたとしても、別の販売員と契約するでしょう」



ほとんどの販売員は人に会ったときの見た目の第一印象だけで早合点し、そこで考えるのを止めてしまった。そして、お客を逃してしまった。


一方、トップセールスマンはもっとよく客を見ようとする。


アンテナを伸ばして、自信家かそうでないか、車に詳しいか何も知らないか、人を信用しやすいか疑い深いかを見きわめようとする。


外見のみに基づく思い違いと戦おうとしたところに、彼の成功の秘密があるのだ。




『第一感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』より

第1感  「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい (翻訳)
第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい (翻訳)
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愛想がいいので、第一感で、「いい人!」と思ったのに、

何年かたったら、いやな人だと気づいたり、


第一感で、「ろくでもないヤツ」と思ったのに、

実際はすごくいいヤツだとわかって、

心の中で、

「誤解していて、ごめんね」

と手を合わせた人もいた。



もちろん、第一感で、「この人、泥棒の気がする。これから、盗みが発生するかも」

と思ってたら、やっぱり泥棒だったということもあった。



いい人そうだ、と思ってたら、やっぱりいい人だったということもたくさんあった。




人は生きているんだから、

過ちに気づいて、成長する人もいるし、

(彼はある上司に対して憤りと反感でいっぱいでした。彼は心の中で考えていたことを、必然的に現実の世界で取り戻すハメになって、上司から嫌われ、不当に取り扱われていたのです。
このことを指摘され、このセールスマンは自分の考え方が破壊的であったことに気がついて、上司の健康と、成功と、心の平和と、幸福を祈ることにしました。やがて、かの上司は彼を抜てきして100人の部下の長とし、給与も大幅にあげてくれたのです。・・・・・「マーフィー100の成功法則」4参照)



いいときは、いい人でも、

苦しい状態になると、ズルいことをして自分だけ助かろうとする人もいる。

(多くの人は、行き詰まると、ウソをついて、その場をしのぎ、その後は何とかつじつまを合わせられると思うけれども、相手をだましたことによる しわ寄せはきっと生じ、必ず敗れるだろう。
行き詰まったときでも、正道を踏みしめ、至誠をつらぬけば、その時は、遠回りでなかなか目的を達成できないように思えても、後になれば、早く成功できるようになる。・・・・・西郷隆盛の言葉3参照)



人についての真実は流動しているんだ。

(真理とは相手との関係である。常に動き、息づき、決して静止することはない。真理は生きており、それゆえ、常に変化している。・・・・・ブルース・リーの言葉4参照)



だから、第一感で嫌いな人でも、敵に回さないで、中立的な立場をとっておいたほうが、

(敵を作ってはいけない。友達になりたくない人はごまんといるだろうが、彼らを敵に回すのは得策ではない。私なら、敵でもなく味方でもないといった、中間的な立場を選ぶ。これは安全な方法だ。悪行や愚行は憎むが、個人的には敵対しない。いったん彼らに敵意を抱かれたら最後だ。友達になるよりはましだが、それでもひどい目に会う。・・・・・「わが息子よ、君はどう生きるか」7参照)



嫌いな人じゃないとわかった場合も対処しやすくていい。









(「第一感」の別の記事をもっと読みたい方は、「第一感」1へどうぞ)


次回は、「自分のまわりにいいことがいっぱい起こる本」3とマザー・テレサと小林正観の言葉6


2009年11月13日

「第一感」

前回は、アリストテレスの言葉2


『第一感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』↓
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ある美術館は、鑑定調査を14ヶ月間行ったあと、

素晴らしいギリシャ彫刻を1000万ドルで購入した。


そこに、古代ギリシャの彫刻に関しては世界でも指折りの専門家が訪れた。

彼女は、美術館のギリシャ彫刻を一目見るなり、「何かがおかしい」と、直感的な反発を感じた。

そのひらめきに狂いはなかった。

わずか2秒、文字通り一目で、その像の正体を見ぬいたのである。

美術館の鑑定チームは14ヶ月かけて調べ上げたが、専門家の2秒にはかなわなかった。



専門家は、「直感的な反発」を感じ、なぜ偽物なのかは説明できなくても、それで偽物と見ぬいた。

このように一気に結論に達する脳の働きを「適応性無意識」と呼ぶ。

人類が厳しい生存競争を勝ち抜いてこれたのは、情報がわずかでもすばやく適切な判断を下す能力を発達させてきたからにほかならない。



しかし、適応性無意識が、何らかの理由で曇ってしまうこともある。

美術館は、なぜだまされたのか?

この美術館側に、ギリシャ彫刻は本物であって欲しいという熱い願望があったのだ。この美術館はまだ歴史が浅く、目玉になる作品を欲しがっていたのだ。




ときとして、一般人の直感的ひらめき「第一感」には、曇らせる何かが存在する。初恋の相手だとか、パッケージやCMがよかったからとかである。



しかし、プロはだまされない。

では、プロはどうやって無意識をきたえたのか。

第一感は養うことができる。



わずか2秒で偽物だと見ぬいた専門家は、毎晩10時まで何千点という芸術作品を夢中で観察し、

頭をよぎる第一印象と、作品の価値を一致させる方法を学んだ。



どうやら私たちは、自分の得意なこと、いつも氣にかけていることに関しては、経験と情熱で第一印象の質を高めていけるらしい。



第一印象を記憶にとどめるには、感覚を何か恒久的なものに置き換えないといけない。それには感覚を表す語彙の知識と理解が必要だ。



こうして、プロだけが、自分の好みについて適確な説明ができる。



しかし、最初の2秒で判断する能力は、ごく一部の幸運な人たちだけが持つ魔法の力ではない。誰にもあり、誰でも鍛えられる。



『第一感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』より

第1感  「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい (翻訳)
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自分の興味あることには熱中して、第一感の質を高めていける。



それなら、何が、自分のできる限界すれすれの最高のことなのか、興味ある。

(君にも、自分の手の届く範囲と届かない範囲の境界線には常に留意してほしい。そしてその上を上手に歩いてほしい。本物の綱渡りの上手な人はいても、境界線という名の線上を上手に渡れる人はなかなかいないそれだけに、上手な人の輝きは大きい。・・・・・「わが息子よ、君はどう生きるか」4参照)



成功体験は何千件もないけど、

貴重な少しの成功体験を思い出して、

(過去の成功を思い出そう。大小を問わず、過去の成功はすべて、あなたがもっと成功できることの証である。ひとつひとつの成功を味わいなおそう。自信を失いかけたとき、それらの成功を思い出そう。・・・・・ナポレオン・ヒルの成功哲学4参照)



成功したことの第一感の共通点を考える。

(いままで望んできて、達成できたことのリストを書きなさい。どんな細かいことでもかまわない。そして、今度は、達成できなかったことのリストを書きなさい。そのリストを眺めてごらん。おもしろいことに気づくはずだ。多くの成功者は、マインドのからくりに気づいている。そして、望む物事を実現する精度を高めていくのだよ。・・・・・ユダヤ人大富豪の教え13参照)



私の場合、

手を伸ばせばうまくいく。

という、ドキドキ感で、心拍数が上がりそうだった。

周りの人々の祝福を事前に感じ、体が軽くなるみたいだった。

(自分の欲する願望を想像して、それが現実になったと感じるならば、その願望は遅かれ早かれ現実化するというのは、潜在意識に関する根本真理です。・・・・・「マーフィー100の成功法則」参照)



嬉しい驚きがこみ上げてきたのかも。

(僕たちが心を開いて神から授かった才能を表現するとき、自然はどんなにか喜んでくれることでしょう。賞賛の声が宇宙全体に沸き起こり、世界中に不思議な力が満ち溢れます。そして、驚きが僕たちの心を満たします。というのは、一瞬僕たちは人生がどんなに楽しいものであるかを垣間見るからです。・・・・・マイケル・ジャクソンの言葉参照)



うまくいくときは、ポジティブな感情を強く感じるんだ。

(「感情というナビゲーションシステム」を意識的に活用しなさい。自分がどんなふうに感じるかに注意していれば、それほど思考を監視する必要はない。心地よければ、その瞬間に語り、考え、行動していることは、あなたの意図に沿っている。心地よくなければ、あなたの意図と調和していない。・・・・・引き寄せの法則参照)



これが、私の成功の公式。

(自分の成功の公式を見つけなさい。あなたがベストを尽くすことができる公式は何か?何であれ、自分の公式を見つけ、誇りを持ってその公式に従って生きることだ。・・・・・史上最強の人生戦略マニュアル2参照)




反対に、うまくいかなかったことは、

単なる憧れで、

これが手には入ったら、いいなあ、と想像力をかきたてたけど、

(あなたの問題が健康のことであれ、お金のことであれ、勤め先のことであれ、その問題がうまく終結したのを実感するのです。これが、潜在意識に本当にまかせた印なのです。感ずること、あなたの願望が達成された状態にあると、感ずるようにしなさい。・・・・・「マーフィー100の成功法則」参照)



想像した喜びが、遠くに感じた。

(孤児だったので、他の子供たちが愛されているように、家族に愛されることを夢みることは、いかに想像力を掻き立てたとしても不可能だったから、私は、自分が誰かの注意をひいたり、人びとが私を見て、私の名前を言うのを夢みることで妥協したのです・・・・・マリリン・モンローの言葉4参照)



それで、やっぱり遠い存在で終わった。




そのほかにも、うまくいかなかった場合は、第一感で、引っかかる印象があったけど、

時間がないからとか、

プライドが許さないからとかで

いっせいのせっ! で飛び込んで、痛い目にあった。




第一感が、「OK!うまくいくよ」

とゴーサインを出してくれるまで待てるのも、勇気だと思った。

(恥多い時節も待つ、ということも、勇気というべきだろう。・・・・・忠臣蔵の堀部安兵衛の言葉2参照)






次回は、「第一感」2


あし@